日々のぼんやり

何か書いてみる。書いてから考える。

22世紀

子供の頃、21世紀は遥か遠くの未来のような気がしていた。

20世紀という悲惨な世紀が終わり、新しい時代が訪れるという暗黙の理解があったと思う。

テクノロジーの発展が生活を豊かにして、その他の困難を解決する、という夢を見ていたのだろうと思う。

実際はどうだったのか。

テクノロジーは急速に発展し、生活は豊かになったけれど、困難は解決などしなかった。

良いことも悪いことも、次のステージへと上がっていった、もしくは、手を変え品を変え、新たな困難が発生したのかもしれない。

なんか思ってたのと違うようだけれど、確かに便利で快適になっているのだから、やっぱり21世紀は訪れたのだろう。

もうすぐ四半世紀を迎えようとしているが、22世紀について誰か夢を見ているだろうか。

たぶん同じ文脈では語れない。

想像しうるものは夢を見るに値しない。

良いことも悪いこともまた、次のステージに上るのは正しいかもしれない。

19世紀の人々は20世紀をどう想像していたのだろうか。

18世紀の人々はどうか。

17世紀は?

世紀という単位で未来を語るようになったのは19世紀辺りだろうか。 

平坦な日常の延長にある22世紀は、相変わらずご飯に納豆をかけているに違いないと思う。

何か特別な日は、焼肉か寿司でも食べているだろうけれど、もしかすると車は変わっているかもしれない。

まぁ、そこには自分はいないのだが。